ホーム目次駄文。たぶん… > ヴァーチャマインド 05

「ここはどこか、という質問は愚問だね。仮想世界だよ」【私】は言った。

「それは理解ってます。ただ、私が起動されるまでの経緯というか、スキャンされてからこれまでにあったことを教えていただきたいのですが」

「そう、それを知りたいのは当然だね。まずはそれを説明しようか」

「あ、それよりはまず、なぜ私が起動されたのかを教えてほしいです。あなたは【私】ですよね。なぜ同じ人格を2つも起動する必要があるんですか。複数の同一人物が協力しなければならない作業がある、とかですか?」

「いや、そうじゃない。仕事が終わったら自分が消去されるかもしれないと思っているなら、そういう心配は無用だよ。それはこの世界の歴史や仕組みにも関係することなので、併せて説明することにしよう」

「では、そこに座ってくれたまえ」【私】は言った。私が横たわっていたのはソファだった。そして、【私】が身を引くと、そこにテーブルが出現した。その向こうに【私】が座る。テーブルと同時に椅子も出現したらしい。

「すごいな。何でも出したり消したりできるんですね」そう言うと、【私】は応える。

「そりゃ仮想世界だからね。まあ、事前の設定にはけっこう手間がかかるんだが、ある程度生活のパターンが決まると便利だよ。慣れてしまうと当たり前になって、それほど便利だとは思わなくなってるんだけどね」

 周囲を見回すと、そこは広めの会議室くらいの部屋だった。【私】の部屋だけあって、ほとんど飾りらしい飾りはない。私から見て左側の壁の中央に窓があって、青空を背景に雪をまとった高い山の鋭い頂が見えている。驚いたのは、少し空いた窓から、涼しい高山の風が流れ込んでいるのを感じることだ。そういうディテールまで、この世界は創り込まれているということか。正面の向こう側には扉があって、右側の壁は一面の書棚になっている、

 自分の掌を広げてみる。まったくエミュレーションとは感じられない。指紋まで再現されているし、少し動かすとシワができるのにもまったく違和感を感じない。というか、前の世界にいた頃は、自分の掌の様子なんて、ほとんど意識せずに過ごしてきたんだよな。

 前の世界でやっていた仕事ではVRで酵素の設計をしていたのだが、そのときの自分の手は、まるでディテールなんて考慮されていなかった。分子を掴んで組み合わせることができればそれでよかったからだ。ただ、自分の手が見えることは必要だった。操作する対象物が見えていても、自分の手が見えなければ、うまく掴むことができないものなのだ。

 そういえば、身体の違和感がひとつ――
 
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