1999年1月中旬の日記

1月11日
今日は、人間ドックに行った。こういうのは会社がセッティングしてくれるというのが、勤め人の数少ないメリットだな。今年から40歳超のコースになるので、体力測定がオプションに加わったのだった。ビンボー症なので「タダだから」と参加したのが運の尽き、頑張りすぎて腹筋が痛い。職場で椅子に座っていてもイタイ。歳だなぁ…実年齢より9歳若い体力年齢は出したんだけどね。でも、だいたいカミさんの実年齢と同じくらいになったのだが、やはりこういうのもシンクロするのだろうか。

朝、早めに検診センターに行ったので検診が早く終わった。帰りに梅田の某大型書店に寄って将棋年鑑のCD-ROMを買う。1万円近い出費である。ちょっとバブリーになってるな(昨年のお客様が実家に近かったので、交通費がだいぶ浮いたのだ)。でも、手を動かさずに棋譜を鑑賞できるのだから、紙の本の倍額でも安いものかもしれない。昔は十局も並べると手が動かなくなっちゃってたからな。手を動かした方が、棋譜とのシンクロ率は上がるんだろうけどね。盤に並べずに頭の中で駒を動かすのがいちばんラクなんだろうけど、私は若い頃でも動かすだけで精一杯だったから (^^;)

小池重明の実戦集が出ている。ずいぶん高額である。アマチュアとしては異例のことでしょうね。あの人も死後ずいぶん一般に有名になりましたから。あれだけドラマチックな生き方をすればねえ。安ければ私も欲しいくらいだ。…しかし、うちの大学のクラブの先輩、あの小池重明にアマ名人戦で勝っていたのか。しかも彼が二連覇した翌年に。凄いなぁ。そりゃアマ準名人くらいにはなって当然ですわな。

ついでに大阪駅前ビルの地下にある古書店街でカミさんに頼まれていた本を探す。1冊見つけた。少しは喜んでもらえたようだ。

1月12日
今朝、息子がなかなか起きない。どうやら昨夜、夜中にかなり長い時間泣いていたようである。起きてもグズグズいっている。やはりここ数日寂しかったのかな。

…しかし、ここのURL、まだテスト運用中だからごく身近な人間にしか教えていないはずなのに、なんでこんなにアクセスカウンタが増えるんだろ? フレッシュアイのロボットもまだ来てないみたいなのに。あれが来る前に完成させたいんだけどね。

1月13日(水)
明日客先に持ってゆく資料を今日中に作らねばならなかったので、今夜は遅くなってしまった。午前様である。帰ると、もちろん息子はすでに眠っている。彼を起こすといけないので、電灯を点けずに着替える。暗闇の中だと、カッターシャツを脱ぐときに青白くぼうっと光る。私は乾燥肌なのだ。なかなかファンタスティックな眺めだな。なんだか、ゴジラにでもなったような気分である。

1月14日(木)
今朝、新聞を読んでいたら、息子が「貴乃花3敗」という記事の写真を指差して「おしゅも」と言った。どこでそういう言葉を覚えたのかね。初場所が始まったのが今週の日曜だから、それ以降だと思うんだけど。カミさんの実家かなぁ。

小松左京先生の「時の顔」を読み終えた。「ホムンよ故郷を見よ」は初見の作品であった。告白すると、恥ずかしながら私はこの作品のオチを解説を読むまで理解できなかったのだ(恥爆)。中学でちゃんと勉強してたのかと言われても一言も無いな。でも、自分がわからなかったから言うんじゃないけど、このオチ、平均的な日本人だと理解できない可能性の方が高いんじゃないだろうか。やはりSFを読むにはある程度の教養が必要とされるのだなぁ。

1月15日(祝)
今日は午前中、カミさんは保育所の用事で外出である。昼からお義母さんが太鼓のコンサートに連れていってくれる予定だったのだが、「6歳以下お断り」だということで、中止だそうである。まあ、雨も降ってるしね。でも、クラシックならともかく、太鼓のコンサートでも幼児は駄目なんですか。聴かせてやれば喜ぶと思ったんだがなぁ。

数日前からノドが痛かったので、今日の昼間はずっと寝ていた。3連休のうち1日が潰れてしまった。まあ、普段から睡眠時間を削っていろいろやっているからね。その埋め合わせはどこかでやらねばならない、ということでしょう。

最近の息子は、保育所でスキンシップを求めて受け入れられたり拒絶されたりしているらしい。今日もカミさんが「シンちゃん(仮名)、とうちゃんにチューしてやり」というと、彼はヨダレでヌルヌルの唇を私の口にレロレロと擦りつけてくる。こらー、やめてくれー、男同士だぞ〜!
カミさんは「保育所で男前の●●ちゃんにやらないかしら」などと言っている。はあ。

ここ数日の彼は、自分の望むことが受け入れられないと本を投げる。今日も、本をカミさんの顔に投げつけて殴られていた。おいおい、顔を殴るのはマズイっすよ。親は冷静にお尻を撲ちましょう…と言いながら私もとっさに頭を叩いたりしているからなぁ。

1月16日(土)
私のジーンズがみんなダメになったので、買いに行った。私はウエストが細いので裾を直さなくてすむのはラッキーである。後でまた受け取りに行くのは面倒だからね。車の中で息子にペットボトルの小瓶入りのお茶を飲ませていたのだが、まだ彼は飲み口の上部を一部開けてそこから空気を入れながら飲む、という芸当をすることができない。我々は無意識のうちにやっているが、これも難しいことなんだねえ。飲み口を丸ごとくわえて飲むので少しずつしか飲めないし、見ていると口の中のものが瓶の中に逆流している(^^;)。ううっ、少し分けてもらおうかと思ったのだが、これはちょっと抵抗があるねぇ。まあ、最終的にはあちこち移動しているうちに全部飲んでしまったからいいんだけど。

カミさんはやっと編集さんと連絡が取れたようだ。3月の「小説Dear+」に載る読み切りも通ったようである。心理描写をもう少し膨らませて今月中に送ればオッケーとのこと。タイトルは、私の案が一部通って「美貌の食卓」になったようだ。5月に出るという単行本の原稿も、最終稿を送ることになったようである。

1月17日(日)
昨日一日かけて過去の日記をぜんぶここに移した。これでとりあえずは最低限の体裁は整ったかな。でも、大変であった。テキストエディタでHTMLを直接書いてるから、これはプログラミングだよな。ああ、なんてローテク。まるで仕事をしているような気分(笑)。カミさんがまとめて読んで「これじゃ、まるで私が悪妻みたいじゃない。いつも昼過ぎまで寝てるみたいだし」などと言う。いやいや、息子と過ごすイベントが多い休日に書くことが多かったのでこうなるのですよ(休日は昼過ぎまで寝てることが多いというのは否定できないと思うのだけどね。今日もそうだったし)。ですから、平日は狼谷もちゃんと私より早起きして主婦してます。誤解の無きよう>読んでおられる方

息子が、カミさんが読んでいる同人誌を指差して「けーちゃん」とか「りょーちゃん」とか言っている。ううっ、不憫な息子よ(カミさんは喜んどるが)。それは、母の愛をキミと奪い合うなのだよ。イニDにハマってから、とみに息子の扱いが荒くなっているような気がするしなぁ。特に息子の行動に対する許容度が狭くなっているような気が…

そういえば、今日は阪神大震災の日だった。あの日、ウチのように被害の少なかったところでさえ、揺れている間はカミさんと二人で手を握り合って揺れがおさまるのを待つしかなかったんだよな。だから、神戸で臨月だった奥さんが「とっさに主人が覆い被さってきて守ってくれたんです」と言われているのを聞いて、「そういう状況で自分にそういう行動が可能だろうか」というのが、自分に対する重い問いかけだったりする。まあ、そういうことはそういう状況になってみないとわからないけど。あのときはまだ息子も生まれていなかったのだよな。今だったら、まずは息子を守らなければ。とにかく、犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。そして、被災者の方々には…今のように忘れられてかけている時こそ何かをしなければならないのだが。

1月18日(月)
前にも書いたが、現在
Ruputerを使って遊んでいる。概ね満足しているが、いくつか不満がある。その一つが、電池の消耗が早いので常時電源オンしておけないということだ。通常はスリープ状態になっていて、必要なときには何らかの操作を行って画面を表示させねばならない。だから、現在時刻を知りたいときには、Ruputerを装着していない方の手でボタンを押す必要がある。腕時計のように、咄嗟のときに腕を見るだけで時間がわかる、という製品ではないのだ。早く、通常の時計のように、常時時刻を表示しておけるようになってほしいものだ。

そういうわけで、私は右腕にRuputerを装着しているにもかかわらず、同時に左腕にふつうの腕時計をつけているのだ()。それだけにとどまらず、背広の内ポケットにはザウルス、さらに鞄の中にはCASSIOPEIAが入っていたりする(核爆)。それぞれ得意分野が異なるのでこうなっているのだが、これではカミさんに馬鹿にされてもしかたありませんな。しかもその上、私が通勤時に着けているウエストポーチにはデジタルカメラとMDプレーヤー(これも数ヶ月後にはMP3プレーヤーになっているかもしれず)が……これはもう、端から見るとギャグにしか見えませんわな。とくに、これらの違いがよくわからない人には(デジタルカメラやMP3データのプレーヤーなんて、モロにコンピューターの周辺機器だし)。私も、何とかしたい、と思ってはいるのだが…

1月19日(火)
ここを見たカミさんに「今日の日記、まだ書いてないの?」と訊かれたので、書くことにする。

今日も仕事で遅くなったので、帰宅したときには息子はすでに寝ていた。昨夜カミさんは単行本の原稿をプリントアウトして今日出版社に送ると言っていたのだが、出力されたものを読みなおすとまた手直ししたいところが出てきたとかで、さらに手を入れている。「ねえ、大きなホッチキス買っていい?」と聞くので、以前に買っていたものを出してくる。大学時代に生協で嬉しがって買ったのだが、ほとんど使っていなかったものだ。20年近く前のものであるが、まだちゃんと動作する。少しはお役に立てたようである。

「大学時代は文房具を買うのが楽しかったんだよなぁ」と呟いたら「変わってないじゃん」と返されてしまった(苦笑)

1月20日(水)
今朝、息子に朝食を食べさせようとしていたら、どこかを指さして「ぽぽろん、ぽぽろん」と言う。何を言っているんだろうと思ったら、エプロンを着けさせてくれということだった。ちょっと前までは着けるのを嫌がってたと思うんだが…

カミさんが上着を脱いでいると「ばんざい」と言うし、ボタンを外していると「ぼたん」と言う。知ってる言葉が多くなって、それを使えるのが嬉しくて仕方がないようだ。最近、息子は何かとよく喋るのだが、聞いている我々の方が彼の言わんとしていることを理解できなくて、彼はよく癇癪を起こす。まあ、もう少しまともにしゃべれるようになるまでの過渡期のことなんだろうけどね。

今朝の朝刊の一面は【最古の通貨は「富本銭」】だった。これで教科書が書きかえられることになるのだろうか。(しかし、「和同開珎」はすっかり「〜かいちん」と呼ぶことになってしまいましたな。私の子供の頃は「〜かいほう」と読むように習ったような気がするのだが)まあ、定説が絶対でない世界というのは風通しが良くていいことです。ただ、この通貨の存在が今まで知られていなかったということは、実際に流通していなかったのかもしれない(権力者が大陸の真似をして作らせてみただけ、とか)から、そうだとすればまた意味も変わってくるのかもしれないですね。

そういえば、「教科書が書きかわる」というと、コンセンサスのサイトを読んでいて菌類はDNAを調べると植物よりも動物のほうに近いというのを知ったのだった。これは知らなかった。オドロキである。我々の子供の頃には菌類は植物に入っていたんだけどね。

まあ、私は高校生の頃に生物の発生に関する本を読んでいて、菌類は配偶子接合の方法が動物・植物のどちらとも違うのを知って、独立した第3のグループではないかと思ってはいたんですけどね。まあ、これは私の考えが進んでいたということではなくて、「生物界が動植物の2種類だけで相互の比較しかできない、というのは寂しい。もう一つ別の点があればお互いの特徴がより明確になるのに……」という、少年期特有の妄想だったのだが。

そういう点から言うと、遺伝子的には動物に近い菌類さえも植物と同様に一定の場所に固着する生活を選んだということは、われわれ動物のようにあくせく動き回る生き方というのは、あまり生物として一般的な生き方ではないのかもしれないですね。消費するエネルギーも多いですし。ただ、環境の変化に対して積極的に働きかけるための神経系を発達させたからこそ、われわれ人間のようなタイプの知性が発生したのだけれど。まあ、いまさらこの生き方を変えるわけにもいかないしねぇ(笑)



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