ホーム > 目次 > 駄文。たぶん… > ヴァーチャマインド 03
とりあえず自己紹介をしておこう。私の名前はタダヒロ・サトウ。年齢は35歳。仕事は酵素デザイナーをしている。両親が日本系で日本文化の維持を重要視していたので、日本人コミュニティ内で、日本語を使って育てられた。
いま何をしていたかというと、人体仮想化プロジェクトの被験者募集に応募し、激烈な競争を勝ち抜いて選抜され、身体構造をスキャンされていたところだった。のだが、突然のこの状況である。これは、私が仮想世界で起動されたと考えるしかないだろう。自分がもう一人いる、などという突拍子もない現実を受け入れるならば、スキャン中に意識を失っていたという可能性は排除するしかない。
で、人体仮想化プロジェクトというのは何か、という説明が必要だろう。
そもそもは、私の生まれる以前にさかのぼる。人間の脳細胞と、それらの間の繋がりおよびその結びつきの強さを、すべてスキャンする技術が完成したのだ。すでに実現していた脳細胞のエミュレーション技術と合わせて、脳をコンピュータ上で再現することが理論的に可能となった。つまり、人間はコンピュータ上で永遠に生きられるようになった、と考えられたのである。
動物実験の結果は思わしくなったのだが、動物では五感が遮断された状態では正常な反応はできないのだろうという意見のもと、ついに志願者を使って人体実験が行われた。
研究チームの中心人物が選ばれ、「五感を遮断した状態で脳の特定神経群を電気刺激されることに対して脳の特定部位を興奮させることで応じる」という訓練をしてからスキャンされた。
脳の再現には莫大な並列度の処理が必要となるため、当時最高性能のスーパーコンピュータのクラスタ上で彼の脳が起動され、そして予定通りの電気刺激が与えられた。しかし――
しかし、何も起きなかったのだ。
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