1999年10月下旬の日記
■10月21日(木)
妙なことで悩んでしまうのである。例えば缶ジュースが110円だった頃、自動販売機の前で手の中に100円玉と10円玉が一枚ずつあるときに、どちらを先に入れるのが人間として正しいのか悩んだりするのである。いろいろ考えた結果、10円玉を先に入れる方が正しい、という結論になった。あくまでも私個人で考えた結論であるが。理由としては、自動販売機が故障していたときに10円玉を先に入れた方が被害が少ないという、ただそれだけのものなのである。馬鹿みたいではある。こういうことを普段からウジウジ考えているということは、知力の無駄遣いで損なのか、使うことにより知力が鍛えられるのか……そういうことを考え出すと、また悩んでしまうのである。
昨夜も今夜も1時過ぎまで仕事した。夕食はずっとコンビニで買ってホテルの部屋で食べていたのだが、そうすると食後に動けなくなって何もできないまま眠ってしまうのである。食後すぐに寝るので胃にも悪い。そういうわけで、昨日あたりから夕方に職場を抜け出してファミレスなどで食事をしている。しかし、なんで今までずっとコンビニで夕食を買っていたんだろう。改めて考えてみると思い出せないのである。これは、そうとう頭がボケてるなあ。
■10月22日(金)
今日は厄日なのである。疲れて頭がぼんやりして仕事が進まないし、頭の中では近い将来に大問題になりそうなことがグルグル回るし、トラブルが起こってそれの対応で時間をとられるし、確認すべきことが山ほどあるのにまったく進まないし、改修すべき項目を締切直前になってボロボロ出されるし…「来週までに直せ」と言われて問題点を押しつけられて、土曜出勤覚悟でヒイヒイいいながら直しているのに、さらにどんどん追加されるんだから、労働意欲も無くなりますわな。もー疲れた。それに、仕事が終わって入った(今日は仕事中に抜け出す余裕がなかった)ファミレスでは死ぬほど待たされたし。
このファミレスではボタンを押して従業員を呼ぶようになっているのだが、いくら押してもまったく来ないのである。従業員を減らして、そのコストを品質に振り向けるというコンセプトなのかもしれないが、これじゃ印象は最悪ですぜ。人間が呼ぶのは無視できないけど、機械が鳴ってるのは無視できるからね。内容は同じなんだけど。しかし、あのファミレス、材料もいいものを使ってるみたいだったし(最後に食べたアロエヨーグルトに脱脂粉乳の味を感じたのはご愛敬か)、システムもけっこう気が利いているようだったが、呼んでも来ないという点で評価は最悪である。あれだったら、ボタンを押すということには何の意味もない。
■10月23日(土)
昨夜も仕事が終わってから飯を食ったので、ホテルの部屋に帰ると眠い。コンビニに明日の朝食を買いに行って、通信をしてページの更新もしなければならないのだが、「ちょっとだけ」とベッドの上に横になる。結果は分かりきっているはずなのに。意志の弱いことである。真夜中に尿意で目が覚めたが、もう外に行く気力はない。着たまま寝ていた背広とズボンを椅子の上に脱ぎ捨てて小用を足し、そのまま布団の中に潜り込んだのであった。
昨夜、朝食を買い損ねたので、仕事場に行く途中でコンビニに寄る。いつもは行かない店である。栄養調整食品が並んでいる棚に、ロッテの「朝のナントカマフィン」というのがあった。パッケージの表示を見ると栄養調整食品ではないようだが、栄養分は強化されているようである。まあ、それでここに並んでいるんだろうな。研究材料として買うことにする。値段が書いてないので、他のもの(パンとか野菜ジュースとか)は少な目になってしまった。近地の出張だと、朝食代は千円以内で使っただけ出るのである。レジに持って行くと、バーコードリーダーにパッケージのバーコードを読ませたバイトのねーちゃんが困っている。どうやら、レジの機械にも値段が登録されていなかったようである。「ちょっと待ってください、値段を見てきますので」と言って棚の方に駆けていく。「書いてないと思うんだけど」と思いながらも、私の見えないところに書いてあるかもしれないので何も言わなかったが、やはり書いてなかったようである。店長を呼ぶ。台帳を出してきて、めくって探す。けっきょく、最終的には人間が手で探すことになるのね。「…名前で探さな探せへん…」などと言いながら二人がかりで探しているが、見つからないようである。あまり手間を取らせるのも気の毒なので、代わりに「果実園」(東ハト)を買うことにする。これも栄養調整食品ではないようだけどね。ロッテはビジネスチャンスを一つ逃したな(おいおい)。
疲れているので我々のグループはダラダラと時間をつぶしながら仕事場に行ったのだが、仕事場のあるビルの前で他のグループの人間たちが集まっている。発注元の人間が来ていないので仕事場が開いていないという。この時間だと、長い人間は1時間くらい待っていることになるのかな。そろそろ帰ろうかという相談をしているところだったらしい。ラッキー!である。私が駄目押しをしてあげる。「帰りましょ」…即決であった。
いやしかし、家に帰る途中に本屋で立ち読みしながら、夢じゃないかと思ったね。発注元の人間は「今日中にできなければ日曜日も出ろ」と言いだしかねないくらいの勢いだったのに、一人も出てこないんですもの。
今朝は短い時間のあいだにいろいろあったので、帰りの電車の中でFIVAを拡げて日記を書く。私の横の席が最後まで空いていた。やはりアブナイ人に見えるのだろうか。こんなに薄々の一般人なのに。とか書いていたら、確かまだ1時間以上バッテリーが残っていたはずなのに、いきなりバッテリー切れでサスペンドしてしまった。警告も無しである。根本的に残量の管理がタコなのであろう。何だかなあ。とか思っていたら、家に帰って充電完了したあと、サスペンドしようとしたら「残り5分」の警告が出た。やっぱり馬鹿だ。ハードウェアはこんなに凄いのにねえ。
バッテリーが切れたあとは「妖精作戦」(笹本祐一:ソノラマ文庫)を読む。これはコメディーとして読むべきなのだろうな。でもやはりちょっとバランスがおかしいような気がする。難波で本屋に寄り、「高砂幻戯」(小松左京:ハルキ文庫)があったので買う。これでまたしばらく読む本には困らないであろう。
15時前に家に帰ると、カミさんは起きていた。パジャマ姿である。どうやら寝るところだったらしい。私が17時までに自分の用事を終わらせて、息子を迎えに行くと言う。「それって、心おきなく寝てちょうだいってこと?」と訊かれる。その通りだ、妻よ。
少し遅れたが、17時ちょっと過ぎに保育所に息子を迎えに行く。もうほとんど子供はいない。やはり、土曜日にこの時間まで子供を預ける親というのは少ないのだな。息子の組の部屋に入っても誰もいない。トイレを挟んで隣の部屋にいた。残り少ない子供をそこに集めていたらしい。息子は私の顔を見ても、それほど嬉しそうな様子ではない。私の方に少し歩いてきて立ち止まると「きいろいでんしゃと、あかいでんしゃと、あおいでんしゃと…」と言いだした。おいおい、久しぶりに会った第一声がそれかよ。本当にオタクなんだから。息子の組の部屋に行って汚れ物を鞄に詰める。自分でオシッコできるようになってオモラシしなくなったので、前の保育所に行ってた頃に比べて汚れ物の量は数分の一になっている。子供の成長を感じるひとときである。だが、汚れ物の中にシーツとグッショリ濡れたパジャマのズボンが入っていた。まだまだ眠っているときにはうまくいかないようだな。
迎えに行く途中にちょうど月が生駒の山の上から顔を出したところだったので、保育所の門を出たところで東の空を見せようと思ったら、ちょうど近くの消防署から消防車が出てくるところだった。息子はそっちの方に目を奪われて「しょーぼーじどーしゃ!」と叫ぶ。はいはい、キミは消防車も好きだからね。心ゆくまで見なさい。消防車のうち一台は、保育所の門の前の道を走っていった。息子は「しょーぼーじどーしゃ、おっきい」と大喜びである。山の上に顔を見せた月も、息子を乗せて自転車で走っているうちに黄金色に輝きを増してきた。彼も「おつきさんや!」と言うようになった。帰る途中で本屋に寄って月刊アスキーを買いたかったので「電車、見に行くか?」と問う。彼に異存があるはずもない。「でんしゃ、みにいく」と応える。大阪に帰る途中で仕事場の近くの本屋に寄ったときに、月刊アスキーの付録のCD-ROMに青空文庫が収録されているのを見て買おうと思ったのである。あの雑誌は重いので、出張帰りに買う気はしない。著作権切れの旧い作品とはいえ、長年の風雪に耐えて残った作品たちがコンピューター上で読めるのである。インターネットで公開されているものではあるが、やはり落とすのには時間がかかるからね。最初の本屋に寄った。ここは目の前が踏切なのである。ちょうど警報機が鳴っていたところだったので、息子は店に入りたがらない。電車が行ってしまうまで待つ。店に入っても、彼は外に出たがる。パソコン雑誌のコーナーから外が見えるので「こっからでも見えるやろ」と言って月刊アスキーを探す。この店には無かった。店を出ると彼は「きーろいでんしゃ、くるかなー」と繰り返す。特急電車を待っているらしい。何台か通ったが、特急電車はなかった。電車が見える道を通って次の本屋に行く。途中で特急電車がすれ違うのが見えた。よかったな。
今日もカミさんが息子を風呂に入れる。カミさんが先に風呂に入っている間、息子に絵本を読んでやっていたのだが、読み終わったあとで彼は本を急いで閉じると「おしっこ」と言った。ご飯中にも何度も行ってたんだけどね。二人でトイレに行く。彼はトイレに入ってズボンを下ろしかけたところで「あ…」と言って固まってしまった。水が流れる音がする。彼の足元に水たまりができてゆく。あ〜あ、間に合わなかったか。まあ、人間には失敗はつきものさ。トイレの床をざっと拭いて、息子を抱え上げ風呂場に連れていったのであった。
今日は私が「対なる者の誓い」の原稿をチェックするので、カミさんが息子を寝かせてくれる。原稿ですが、まだ7割くらいですかね……あと一週間か。どうもまだストーリーに起伏がないような気がする。最後で盛り上げるネタはあるようだが。まあ、ツカミもあのくらいだろうしなあ。
■10月24日(日)
今、これを書いているのは29日の夜である。やっと日記を書く時間ができた。就職して10年以上になるが、その中でも最悪の一週間であった。この一週間の私の勤務実績を見れば、たいていの人は自分の子供はこの業界に入れたくないと思うだろう。仕事以外のことは考えさせてもらえなかったので、前の日曜日のことなどは遙か永遠の彼方のような気がするのである。
この日はたしか、前夜に通信をしながら寝てしまっていたのだ。寒くて座布団を被って寝ていたような記憶がある。で、7時すぎに目が覚めて通信を再開したはずだ。例によって階上で物音がしはじめたので息子を起こしに行く。彼はカミさんの枕元で座っていた。起こしちゃいかんぞ。
…と、ここまで書いたところで背中のあたりがバリバリに凝ってきたのでベッドの上に横になったら、例によって眠ってしまったのだった。今これを書いているのは30日の夜である。う〜む、一体いつの日記なんだかわからないな。んで、この日は朝食が無かったので私が出張中に買い貯めていた栄養調整食品を食わせることにする。栄養のバランスはとれてるんだろうけど、何となく子供にこういう人工的に栄養を添加したものを食わせるのは抵抗があるんだよな。まあ、その辺のスーパーに売っている食材だって、添加物が含まれていないものの方が少ないからねえ。日本の将来は大丈夫なんだろうか。
グリコの「BALANCEON スイートコーン」と「毎日果実」を持ってゆく。すると彼はBALANCEONを見て「ばらんすおん」と言う。えっ、何でキミはこれを知っているのだ。毎日果実は知らなかったようだが、食べさせると気に入ったようである。覚えきれないかとも思ったのだが、名前を教えると「まいにちかじつ」と一発で覚えてしまった。いやいや、この年頃の子供の吸収力というのは大変なものですな。だからこそ身近な大人はきちんとしなければならないのだが、コイツは「イニD」のビデオとか真似してたりするからなあ。
食事が終わると昨日録画していたヒッパレを観る。おおおお、SweBeだ。久しぶりのような気がするな。いやあ、相変わらずいいねえ。惚れ惚れしますな。息子も私の膝の上でじっと聴いている。息子よ、よく聴いておくがよい。これが歌というものだ。スペシャルライヴはコロッケである。やっぱり巧いわ。でも、これはやはり郷ひろみのプロモーションなんだろうな。
それから、眠いので昼寝をしたような記憶がある。起きてから息子を連れてレンタルビデオを返しに行った。カミさんに「今日は外に出してないから運動不足で欲求不満みたい。歩いて連れて行ったら」と言われたので、歩いて連れていくことにする。彼は手をつないでタッタカ走る。例によって途中でおんぶしてくれと言う。もうちょっと頑張れ、などと言いながらも甘やかしてしまうのである。
■10月25日(月)
昨夜は私が息子を寝かせたのだが、夜中にカミさんがオシッコをさせにやってきたときに愚図っているのを深い眠りの底から遠くで聞いていた。ずっと泣いて泣きやまない。けっきょく、昨夜はカミさんは仕事にならなかったそうである。咳が酷かったそうなのだ。
昨夜も息子と一緒に眠ってしまったので、6時前に目を覚ます。さすがにこの季節になると、息子も布団を被って寝ている。両手を上に上げてバンザイの格好で寝ているのは昨冬と同じだな。カミさんも同じポーズで寝ている。こういうのも遺伝するのであろうか。
今日からカミさんのお母さんが息子を預かってくれるそうである。これで少しはカミさんの原稿も進むだろう。有り難いことである。私は今日からまた遠方に出張するのだが、途中まで妻子と一緒に行くことにする。一緒に歩いていると、彼は見たものを何でも教えてくれる。「おっきぃの、ひこーき」「あかいの、ぽすと」最近の彼は、形容詞の最後に「の」をつけて言うのである。もう揺れる電車の中でも平気で立ってるし、背もまた伸びたような気がする。ふつうの子供をイメージすると、まるで縮尺が狂っているようである。ひょっとすると「身長1mの2歳児」というのを達成したかもしれない。電車がいろいろ見えるのでゴキゲンである。隣駅で特急電車の車両の回送車が停まるのが見えて大喜びだ。よかったな。
遠方の客先に行く途中の本屋で「私と月につきあって」(野尻抱介:富士見ファンタジア文庫)を買った。一部で評判がよいので買うのである。その評価と私の評価が一致するかどうかは保証の限りではないのだが。
遠方への急行の中で「妖精作戦」を読み終えた。やっぱりこれはコメディなんだろうなあ。でも、そうだったらもう少しハチャメチャでもよかったような気がするんですけどね。ちょっと中途半端なような。続いて「高砂幻戯」を読もうとしたが、最初の作品が長そうなので、FIVAを拡げてこの日記を書いているのである。
◇ ◇ ◇
仕事場に着いたのは昼過ぎであったが、やはり雰囲気がよろしくない。雑然として、重苦しい空気が立ちこめている。明日の朝までに最優先項目を全て解決するように言われるが、それは無理な相談である。問題点・要望の一覧にも解答を書かねばならないし、修正してもらった結果の確認ができないのだ。せめてということで、翌朝までに客先提出可能な機能を絞り込んで一覧を出したのだが、最終的には朝8時のタイムリミットになってギブアップしてしまった。けっきょく完徹である。今までにも何度か仕事で徹夜したことはあるが、途中で休憩することさえできなかったというのは初めてだな。
■10月26日(火)
昨日の昼間からずっと続けて仕事をしている。昼飯を食べた後で部下が「ホテルに戻って少しでも休みたい」と言ったので私も便乗することにする。「ホテルに行って寝る」と言って仕事場と反対側に向かったにもかかわらず、途中で古本屋に寄ったのである。昨夜、食事に出たときに見つけたのだが、真夜中だったので閉まっていたのだ。しかし、完徹した翌日の短い自由時間だというのに、寝る時間を削ってまで古本屋に行くかね。これはもう業病としか言いようがないな。この古本屋はけっこう広い。さすがは地方都市である。全ての本の背表紙を眺めるだけでも数十分かかってしまった。しかし、あまり手に入れたくなるような本は無かった。まあ、そういう本は持ち主も手放さないだろうからね。だが、「王の地図」(斎藤肇:ログアウト冒険文庫)を見つけて買った。この方は異形コレクションに載った作品を読んで非常に評価が高い一人なのだが、単行本を見たのはこれが初めてのような気がするのである。
古本屋を出てホテルに戻って仮眠を取り、15時すぎに仕事場に戻ったのだが、それからまた翌朝の3時過ぎまで仕事をしたのだった。
■10月27日(水)
今朝、朝食を買いにファミリーマートに寄ると50円の小さなパンを売っていた。私としてはこういう商品はありがたい。多くの種類を少しずつ食べたいのである。今日は、間食に「EAT SYSTEM チョコ味」(サントリー)を食べた。これもシリアル入りのチョコレートの味だが、味は「CerealBarミルクチョコレート」(ポーラフーズ)の方が濃厚だったかな。
今日は昨日よりは作業項目が少ないと思っていたのだが、動作確認してみるとやはりポロポロと問題点が出てきてなかなか終わらない。しかし、何とか今日中に最後の課題にこぎつけた。最後の項目もできたと報告を受けていたのだが、動作確認で問題点を発見してしまった。ものすごく根が深い。これを解決しようと思えば、夜明け前の呆けた頭を使って数時間ではとても無理である。明け方まで頑張ってもらったが、またもやギブアップ。今朝も仕事場を出たのは朝の5時半すぎだった。
■10月28日(木)
昨夜は目覚ましもかけずに洋服を着たままベッドの上にブッ倒れていた。電話の音で起こされる。ホテルのロビーにいる部下からである。「…すまん、ちょっと先に行っといてくれ」と応えたのであった。
今夜も遅い。今日中に完成させねばならないプログラムがなかなかできない。私がチェックできるようになったのはもう夜中であった。それも3本まとめて来たのでなかなか処理できない。客先から発注元に、今日中にリリースできないなら明日の8時半に持っていくように言われたようである。さらに、もともと明日にリリースする予定が無かったということで、発注元から我々には、予定が遅れた我々のグループの人間が客先に持って行けと言われているようである。そうすると、上司はもう無条件に私が持っていくことに決めてしまうのである。客先8時半だって?だったら7時半に起きねばならないじゃないか。もう、かなり前に今日になっているんですけど。しかも、「客から『明日、テストするので立ち会って欲しい。朝10時には来るように』と言われたのでよろしく」とあっさり言われてしまった。しかも、全グループで作っている資料のチェックが終わるまで帰れないのである。文書は同時に一人しか更新できないので、まだまだかかりそうである。これは、ホテルに帰れないかもしれない。部下は先に帰す。お願いして、文書のチェックは私の分だけ先にやってもらうことにした。チェックが終わって、明日のプログラムのインストール手順を確認しに発注元責任者のところに行ったら、インストールは客先でやってもらえることになった。これで1時間余計に寝れるぞ。でも、仕事場を出たのはけっきょく朝の3時過ぎなのである。
今日は間食に「0141バジルトマト味」(資生堂)を食べた。「チョコブラウニー味」がけっこう美味かったので買ってみたのである。しかし、これは私の好みではなかった。パサパサして食べるのが非常に辛い。酸味をまず最初に感じるのもマイナスポイントだな。
■10月29日(金)
今朝も僅かしか寝れない。しばらく風呂にも入っていなかったので(そんな時間があったら寝る!)寝ている間に頭が痒くて頭皮を掻きむしっていた記憶があるのだが、起きてみたら枕の上に毛髪がゴッソリ抜けていた。今日は朝から客先に行くように言われたので早く起きなければならない。誰も私の身体のことなんか心配していないのである。
今朝は第一パンの「バラエティミックスパフ」というパンを食べた。「プルーンの果肉、ピーナツクリーム、マーガリンをデニッシュ生地で包みました」ということだが、ピーナツの風味とプルーンの酸味が組み合わさると、非常にいや〜んな感じなのである。物好きな方はぜひ試していただきたい。
今日は客先でテストの立ち会いである。まだ不安定なプログラムを客がいじっているのを横で見ているのは非常に心臓に悪い。暑かったせいもあるが、ビッショリ汗をかいてしまった。この体調でこんなに緊張して後は大丈夫なんだろうか。夕方になってやっと仕事場に戻る。もうゴウゴウと重い溜息を吐きながら仕事をする。客先で本番の判定会議があったので、その結果を聞かされる。本番を2週間遅らせるようである。また苦しみが延びたか。客先から発注元を経て上司を通じて来るプレッシャーもさらに強くなるんだろうな。来週から客先にカンヅメのようである。
今夜は、明日が休日でリリースの予定がないということで23時前に帰れた。すんごく早く帰れたような気がする自分が哀しい。
■10月30日(土)
昨夜は日記を書きかけの途中で服を着たまま眠ってしまっていた。睡眠時間は長かったが、あまり疲れは取れたような気がしない。今日も例によって仕事である。昨日お客様に言われた問題点や要望事項のうち来週までに直すものは少なく押さえたつもりだったのだが、修正後のテストをしてみるといろいろと問題点を発見してしまって、けっきょく仕事が終わったのは最終の急行に乗るための時刻の2分前であった。まるで計ったようである。今日は夕方で仕事が終わると思ったんだがなあ。でも、21時過ぎには「ひょっとすると今日も帰れないかも」と思いかけていたんだから、良かったと思うべきか…
帰りに「高砂幻戯」(小松左京:ハルキ文庫)を読み始めた。まず「歌う女」である。うーむ、何だか凄い話ですねえ。最初は妙に読点の多い文章に違和感があったのだが、そのうちに物語世界に引き込まれてしまった。SFじゃないのに、前半部のこの「驚きの感覚」というのは何なんだろう。この、異世界に入ってしまった感覚というのは、まぎれもなくSFを感じさせる。ラストが唐突すぎるような気もするが、この物語の厚みというのは大変なものである。続いて「旅する女」を読み始めたのだが、これも題材がまったくSFでないにも関わらず、この「宇宙での孤独感」というかそういうSF的なものを感じるのである。まあ、小松先生の作品だということで先入観が多分にあるんだとは思うんだけどね。
今夜も家に帰り着くのは翌日である。夜道をトボトボと歩いていると、空の低いところに妙に明るい星が見えている。木星はあそこだよな…と、中天を見上げる。あれに匹敵するくらいの星って…ああ、シリウスか。よく見ればその上にオリオンが立ち上がりかけている。私が知らないうちに季節は冬に向かっているんだな。寒くなるはずだ。冬の大三角のあたりは、私が最も好きな星空なのである。
家に帰るとカミさんに、着替えに行くついでに息子のパンツを履き替えさせるように頼まれる。寝室に入って電気を点けると、彼は素直に起きてくれた。「オシッコするか?」と訊くと彼は「うんち」とつぶやいた。「ウンチか?」と問うと「おしっこがいい」と応える。寝ぼけているのか。それでも、素直に廊下まで歩いてきて、ズボンを下ろしてオマルを股間にあてがうと、ジョンジョロジョンジョロとオシッコをしたのであった。寝室に戻って横になった彼のパンツを履き替えさせてタオルケットを掛けてやると、彼は「もーふがいい」と言った。はいはい、寝ながらでもそういうことを言うとは、本当にその毛布が好きなんだねえ。
■10月31日(日)
今日は、ウチの市の市民祭りが近くの公園であるらしい。子供がミニSLに乗れるそうなので、カミさんは行くつもりのようである。「疲れてるんだったら寝ててもいいよ」と言ってくれたが、やはり息子と一緒に過ごしたいので行くことにする。自転車で10分ほどの距離である。息子を乗せて走っていると、彼は消防署の前で「しょーぼーじどーしゃ、ふたつ!」と言った。おお、数が数えられるようになっているのか。カミさんによると「2つまでは数えられるようになってるわよ。まだときどき『いっぱい』になっちゃうけど」とのことである。いやいや、2つを数えられるようになったということは、彼にとっては大きな一歩ですよ。「同じものが2つある」という状態を「ふたつ」という言葉で表現できるようになったというのは大いなる質的変化なのに対して、あとは量的拡大ですからね。
まずはミニSLのところに行く。やはり人気があるようで、すでに数十人が並んでいる。しかし、息子はもうそれ以外のものが眼に入らなくなっているので、並ぶ以外の選択肢はないのである。駆動する仕組みも本物と同じようなので、排煙がかなり煙たい。子供が7〜8人乗れるのに対して、親が乗れるのは1人だけだそうである。順番が来て、直前の子供が乗りたくないとゴネている間にうまく立ち回って息子をいちばん前の座席に乗せることができた。彼は笑いながら乗っている。一周して満足したようである。
その隣に移動動物園が来ていたので見に行く。彼は恐がりなので、子馬や山羊を触れないのだが、親が触ってみせるとおずおずと触っている。動物園のコーナーを出て手を洗い、出店を見て回る。カミさんが、おでんを買ってきた。噴水のそばのベンチに座って息子に食べさせる。噴水はコンクリートの床の上のスプリンクラーのような形なのでその間を歩き回れるのだが、息子は怖がって近寄りたがらない。引っ張ってゆくと必死で抵抗するのであった。
古本を売っている出店があって、カミさんは何か感じるものあったようである。「けっこう濃い品揃えだわ」とか言っている。時間がかかりそうなので、彼女が本を選んでいる間、息子を連れてその辺を歩き回る。戻ってみると、彼女は10冊以上の本を買っていた。それはいいのだが、「電脳炎」をMac版とWin版の両方を買っている。内容はほとんど同じだと言っていたはずなんだが。弟といいカミさんといい、どうして私の身近にはこういう人間が多いのであろうか。それに、Mac版は私も持っているんだがなあ。
似顔絵を描いているらしいので、息子の似顔絵を描いてもらうことにする。順番待ちになっているようなので、カミさんが並んでいる間、私が息子を遊ばせる。直前に並んでいた母親が一家全員の似顔絵を描かせたので、後ろで待っていたカミさんはムッとしていた。似顔絵コーナーのすぐそばに人工のせせらぎが作ってある。浅いので、石垣になっている水底が一部露出している。そこに息子を乗せてやろうと思って持ち上げると、怖いと言って脚を縮めて嫌がる。まるで猫である。靴を脱がせて水の中に入れてやったら、喜んでバシャバシャ歩きだしたんだけどね。
カミさんがサザエの壺焼きを買ってきたのだが、蓋が開けられない。竹串一本では私のスキルでは無理なのである。長年の進化の末に身につけた防御機構というのは大したものなのだ…と自らの未熟さを棚に上げるのであった。悪戦苦闘の末、やっと2つとも開けることができた。息子は汁が気に入ったようである。こういう塩辛い味に馴染んじゃイカンのだけどね。カミさんは貝殻を持って帰って息子のオモチャにすると言ってビニール袋に包んだのであった。
狼谷辰之 | 新書館*ウィングス文庫 |
対なる者のさだめ |
¥600+税 | ISBN4-403-54013-9 |
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