1999年12月中旬の日記
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■12月11日(土)
気がついたら電話が鳴っていた。そうか、服を着たままベッドの上に倒れていたのだ。上司からの電話である。職場に出るように言われていた時間を過ぎていた。ホテルの部屋の中は、ほとんど今朝入ったときの状態のままである。タオルを使ったくらいか。まずは客先に行って昨日中にと言われていた課題に関する報告と、不明点の確認をする。仕事場に戻って、性能改善をやっているグループからの仕様に関する質問に答えるために待機である。

今日一日頑張って、性能はかなり改善されたようである。だが、例の偉い上司はそれでもさらにやることを見つけようとする。昨日の打合せでは私は夕方からでいいとか言っていたのに、いつの間にか3時などと言っている。ウチの下の人間には昼からとか言っている。わたしにもそう言いそうな勢いである。今日、頑張ってやるべきことをやっていると思っている部下たちはかなり不満そうである。二人いるうちの一人は休ませることにする。これが私としてはギリギリの抵抗だ。

帰るのか仕方ないなあ大阪に帰れるだけで有り難く思え、みたいな態度が見え見えである。自分という人間があまりに軽く扱われているのが悔しい。涙が出そうである。普段はどーでもいいようなことを言いながら、切羽詰まって客から強く言われるととたんにこういうことを言い出すんだから。もーいい加減に嫌になってきた。モチベーションがかなり低下している。こういうのは、かえってマイナスだと思うんだがなあ。この調子だと、明日は起きたらすぐに家を出なければならない。息子の顔もほとんど見れないよなあ。彼の、2歳から3歳にかけての時期に、あまり深く関わり合えなかったことが悲しい。

…最近、仕事の愚痴ばかりだよなあ。この日記を書き始めた頃は、仕事のことは書かないようにしようと思っていたのだが、そういう精神的な余裕がないのである。後で読んで自己嫌悪に陥るだろうけど、もう自分でもどうしようもない。息子に会えなくても何か書けるようにネタも貯めていたのだが、それを貼りつけるだけではどうにも自分の精神状態と乖離しすぎなのである。

けっきょく、今日も最終の急行であった。帰りの電車の中で眠ろうとするが眠れない。人は、疲れすぎていて眠れないこともあるのだ。仕方がないので、「
異形コレクションXIII 俳優」を読む。まずは竹河聖氏「陶人形」を読む。う〜む、私は怪談はあまり好みではないのである。続いて友成純一氏「黄昏のゾンビ」を読んだ。これはなかなか面白かった。こういうスプラッタは友成氏の本領発揮というヤツですかな。でも、なんだか最後が説教臭くなってしまって迫力不足のように思えたのは気のせいだろうか。

大阪に着き、乗り換え駅のホームに立つ。私の乗る各停までにはかなり時間がある。休日の遊び帰りの若者たちが次々に電車に乗ってゆく。人混みの中でも独りである。孤独である。たまらなく孤独である。今日も家に帰り着いたのは翌日だった。妻の機嫌が悪い。しばらく連絡してなかったしね。もう私には他人を気遣う余裕なんて無いのだ。彼女が私の食事を作って先に寝てしまったので、持ち帰った着替えを洗濯して干したのだった。



■12月12日(日)
昨夜も日記を書いていたら、居間で気を失っていた。気がつくと9時であった。もう
テレホタイムは終わっている。インターネットに繋ぎっぱなしにしていたので慌てたが、さすがに自動で切断されていた。日記を書いていると、階上で息子の走る足音がして寝室のドアがガラリと開いたようだ。階段を上がっていくと、カミさんが息子にオマルでオシッコをさせていた。

妻子はそのまま居間に下りてきた。カミさんが「最近、バーチャコップをしてるの」と言うと彼は「ばーちゃこっぷでちかてつしましたよ」「ちかてつ、ばきゅんばきゅんしたんですよ」と言う。ゲームの中で地下鉄が出てくるのが好きらしい。でもなあ、こういう年代から銃で人を撃ち殺しまくるというゲームをやってるのを見ているというのもねえ…大丈夫なんだろうか?

今日、我が家のクリスマスツリーを組み立てる。豆電球を点滅させると息子は大喜びである。抱き上げて見せろと要求する。私も子供の頃はクリスマスツリーがチカチカするのが好きだったからなあ。

下着が何枚か駄目になったので、息子を連れて自転車で近くのホームセンターに買いに行く。彼は例によって店に入るとまずエスカレーターに乗りたがる。「えれべーた、のる」と言うので「エスカレータだよ」と訂正する。店内に入ると、彼は自分の行きたいところに私を引っ張っていくので、なかなか下着のコーナーに行けない。そのうちに、ペットのコーナーの水槽が並んでいるところを見つけてグイグイ引っ張って行かれた。水槽一つ一つを覗き込んで「おさかな」「おさかな」と大騒ぎである。いくら見ていても飽きないようだ。家に水槽を置いてメダカでも入れているだけで、彼の相手をするのがだいぶラクになるのではないかと考えてしまったのであった。私が下着を選んでいるときも、彼は他のところに行きたいようで、「ちょっと待って」となだめながら選ぶ。値段しか見てないんだけれど。レジで金を払うとき、息子に金を持たせてレジに渡させた。レジのオバサンが、お釣りを彼に返してくれた。彼は、レシートと小銭を手の上に乗せて固まってしまった。どうしていいかわからなくなっていたようである。

カミさんは体調が悪いようである。「脱水症状かしら」と言って流し台の下からアクエリアスのペットボトルを引っぱり出してきた。私が出発の準備をしていると、「これ、味おかしくない?」と言ってカップを渡された。一口飲んだが、それほど変な味はしない。飲み下して二口めを飲んだときに、口の奥で嫌な味がした。「おかしいよ、これ。どうしたの?」と訊くと、「ボトルの蓋が開いてたの」と応える。「何でそんなことになってるんだぁ」と叫ぶと、「冷蔵庫が一杯だったからじゃないかしら」とあっさり応えられてしまったのであった。たぶん、開けたのは数ヶ月前だ…うう。

今日は私は昼から遠方に行かなければならない。カミさんは私がいないので実家でご飯を食べさせてもらうつもりのようである。途中まで電車で息子と一緒に来てくれると言う。実家に行くには途中で乗り換えなければならないのだが、けっきょく難波までいっしょに来てくれた。改札を出て妻子に手を振る。辛い。

仕事場に着いて性能改善したプログラムの動作確認をする。夕方からなので、とりあえず見かけ上変な動きをしないことを確認するのが精一杯である。仕事が終わったときには翌日になっていた。



■12月13日(月)
休日に行った性能改善の副作用で、大量のデータを登録したときにOracle(データベース管理ソフト)の制限を超えてしまう障害が発生した。数センチの厚さの書類を持って「これを登録するんですけど」と言われたときに「ヤメテ!」と思ったんだよな。小手先で回避しようとすると、半端じゃない処理時間がかかる。どうすればいいんだろう。

けっきょく仕事場を出たときには朝の7時を過ぎていた。ホテルのロビーで、朝起きてホテルを出ようとしている人たちの中で、部屋に入るためにキーを受け取るというのは、何とも情けないことである。



■12月14日(火)
土日に行った性能改善が原因で、いろいろと不具合が出ている。お客様はかなり怒っているようである。しかも、客から問題視されていないプログラムなのに「ついでだから」というので性能改善した結果なのだ。横綱級のプログラムを4本も2日で改造して、それを確認するのが私ひとりで、しかも日曜日の夕方から、というのはどう考えても無茶だったんじゃないだろうか。それでまた私がしんどい思いをするのである。今夜も仕事を終えたのは朝の4時だった。



■12月15日(水)
最難関のプログラムが、性能改善したせいか大量のデータを入れたせいかメタメタなことになっている。私がもうそっちを見る余裕がないので課長が対応してくれているのが救いだが。お客様はもう、このプログラムを使わないで無理矢理業務を進める方策を考えている。それ以外にはあまりトラブルが無かったので、私自身の仕事は早く終わったのだが、そのプログラムの細かい仕様は私しかわからないので、その対応をしているグループに最後まで付き合わねばならない。まあ、本来なら私の仕事なんだが。けっきょく、朝の6時過ぎまで仕事場にいた。



■12月16日(木)
昼前に電話で起こされる。そうか、昨日帰る前に何時頃出てくるか上司に訊かれて「昼前には客先に出たい」と言ったんだったっけか。ホテルのロビーに出ると、うちのグループのメンバーが全員、ソファの上で眠っていた。みんな疲れている。仕事場に行く様子も、まるで幽鬼の群れである。

今日もあちこちで火の手が上がっている。最難関のプログラムはまともに動いていないようだし、データに辻褄が合わなくなったところも出てきているようである。最難関のプログラムを使っているところの他にも、2つの部署から別々のプログラムで「これが動かないと業務が回らない」と抗議の電話がきている。本番とは得てしてこういうものだが、今回のは酷すぎる。本番前に既に気力体力を使い果たしているというのもあるし。課長に「私ひとりじゃ無理です」と宣言する。私が3人くらい必要ですよ。マジで。

今夜も客先対応を終えてから仕事場に戻って不具合の対処である。今夜もなかなか帰してくれそうにない。上司たちは一日おきに来て交代で我々に鞭打っているが、我々は毎日朝まで仕事しているのである。ズルい。これじゃ、勝ち目がない。真剣に生命の危険を感じる。

2時になって今日の作業結果を締めようとしたら、課長に「今日の最重点課題はどうなったんや」と言われる。だってぇ、調べても分からないんですってばあ。それに、こんな仕事のやり方をしてると、また少なくとも明日の午前中は使いものにならないだろうし、そうすると結局トラブル対応ができないので迷惑するのはお客様だと思うんだがなあ。けっきょく、今夜も仕事を終えたのは朝の7時前だった。



■12月17日(金)
今日も昼に課長の電話で起こされた。客先でトラブっているようである。課長は電話で対応できるならすると言ってくれているが、うまくいかないようである。これは、直接客先に行かねばならないか。確認のために客先に電話すると、やはり文句を言われる。そうでしょうとも。私だって客だったら怒りますがな。もっときちんとテストして出さないといけないというのはその通りなんだけれども、動かないから仕事が進まないと言われれば出さざるを得ないし、そうするとテストに割ける時間も限られてくる。みんな疲れていて注意力も落ちているしねえ。

客先ですべての対処を終えて作業場所に帰ってきたのは20時前だった。気がつけば、起きてからお茶以外口にしていない。起きて作業場所に出てからそのまま客先に直行したからなあ。これは健康に悪い。今さらだけどね。ここ一週間の勤務時間はほぼ100時間である。休み時間は含んでいないから拘束時間はさらに増える。ヨーロッパでは年間でも1500〜1600時間が多いというのにねえ。何のために生きているのやら。

今夜は例の偉い上司が我々に仕事をさせていたのだが、彼は我々に作業場所の鍵を渡して帰ってしまった。う〜む。上司がいないので、今日の作業項目は極力最低限まで減らしたのだが、それでもプログラムの修正にはけっこう時間がかかっている。明け方になってやっとできて、いざ私がテストしようとしたら適当なテストデータがない。探してきたデータはみんな、どこかでエラーになってしまう。まいったねこりゃ。けっきょく不十分ながらもテストを終えて仕事場を出たときには7時前になっていた。これじゃ、私も部下たちには嫌な上司と同じことをしていることになっちゃうよなあ。自己嫌悪である。仕事場を出ると、外では物凄い強風が吹いていた。12月の朝7時の強風は、弱っている身にしみる。



■12月18日(土)
ホテルのベッドの中で気がついたのは12時であった。「ヤバい!」そう思う。チェックアウトは10時なのだ。一昨日の夜(というより昨日の朝)7時にチェックインしようとした(爆笑)同僚が「延長はどうなりますか」と訊いて「14時までなら宿泊料金の半額、それ以降になると全額」と応えられていたのを聞いていたのだ。うわ〜、寝過ごして3000円も取られたんじゃ、シャレにならんなあ。でも、催促の電話がかかってきた記憶はないし(定かではないが… (^-^;))、お得意のはずだから少しは大目に見てくれるんじゃないだろうか、などと思いながら急いで身支度をする。けっきょく、追加徴収されたのは電話代だけだった。ホッ。

帰りに寄った本屋で「世界の猟奇ショー」(
唐沢俊一ソルボンヌK子:幻冬舎文庫)を買った。なんだか、一月くらい本屋に行ってなかったような気がするぞ。レジのところに置いてる「COMICATE」(白泉社)を手に取ってモノ欲しそうに見ていたら、「いっしょに入れましょうか」と聞かれて紙袋に入れてくれた。

難波の本屋で人生の棋譜 この一局河口俊彦:新潮文庫)を買ったところで気がついた。いよいよ図書券が底をつきかけている。買いに行く暇もないしなあ。もうこうなったらヤケである。何の遠慮もなく本を買える。今日は面白そうな本も多いし。そして本朝無双格闘家列伝夢枕獏:新潮文庫)と全証言 東芝クレーマー事件前屋毅:小学館文庫)を買った。しかし、よく考えると、これだけの本、私はいったいいつ読むのだろう。寝る暇も無いというのに。ぐああ。

電車の中で「COMICATE」を見ると、ひかわきょうこ先生のインタビューが載っていた。ラッキー。けっこうファンなのである。でも、このパンフレット、まだNO.51なんですか。私が就職した直後からあったはずだから、もう15年は続いているはずなのだが。

家に帰ると妻子が出かけるところだった。早売りのジャンプ「ヤンマガ」を買いに出かけるところだったらしい。息子が「とーちゃ−ん」と言いながら階段を下りてきた。「はい、おみやげ」と言って彼に「日本の私鉄 近鉄I」(カラーブックス:保育社)を渡す。こういうシチュエーションになれば、と思って前から用意してあったのだ。帰ってきて「はい、おみやげ」と土産を渡すと、子供が「わーい」と喜ぶ、という場面に憧れがあったのだ。何でかわからないんだけどね。でも、そういうシチュエーションが全然なかったのよね。この本を買ったのは真夏だったと思うんだけれど(泣)。息子は本のカバーを取って「あーばんらいなーや!」と叫ぶが、それほど喜んでくれない。中身が何であるかイマイチ理解できていないようだ。よし、今度はもう少しわかりやすいものにしよう。

息子は私が帰ってきて嬉しそうである。私が着替えに3階に上がるのにもついてくる。「とーちゃん、とーちゃん」と言って足を踏みならす。「ころりんこー」と言ってひっくり返る。部屋の中を走り回る。そんなに嬉しいか。父ちゃんも嬉しいぞ。

今日は電気屋さんが換気扇の交換に来るそうである。今週私が居ない間に炊飯器とガスレンジも壊れたので買い換えたそうなのである。ホットカーペットも買い換えたし、そういう時期なのかねえ。結婚7年を過ぎたし。最後には亭主が壊れて廃棄・交換ということになるんだろうか。笑えない冗談である。廃棄できりゃいいけどねえ。カミさんは大掃除が済んだようなものだといって喜んでいる。まあ、それはそうかもしれない。

息子は、電気屋のオジサンが換気扇のセッティングをしているのを興味深げに覗き込んでいる。男の子はこういうのを見るのが大好きだからねえ。それでも少し怖いのか照れがあるのか、母親の足元から離れようとしない。作業が終わった後で「かんきせん、なおったん?」と訊くので抱き上げてスイッチの紐を引っ張らせて電源のオンオフをやらせたが、これは失敗であった。後になって、換気扇のスイッチを入れるから抱き上げろと無理強いされることになってしまったのである。

息子は風邪を引いてここ数日保育所を休んだそうである。カミさんも体調が悪いらしい。そういうときに家に居てやれない父親って…役立たずだよな。まあ、カミさんが商業誌も同人誌も入稿を済ませているというのが救いであるが。食事の用意をしていると、眠くなったようで息子の機嫌が悪くなってきた。今日は昼寝をしていないそうである。カミさんも「母ちゃんもしんどいんや!」と言って息子を怒鳴りつけている。息子がヘロヘロなので、夕食前だが身体を拭いて寝かせることにする。私も眠い…いっしょに寝るか。



■12月19日(日)
気がつくと昼過ぎである。背中が痛い。昨日、換気扇の交換をしているときにずっと息子を抱えて見せていたからかな。居間に下りてみると、息子が一人遊びをしている横でカミさんが座椅子に横たわって寝ていた。これは息子を連れて外に出た方がいいかな。彼に「パン買いに行こか」と言うと、カミさんが「ご飯だったら夕べの残りがあるわよ」と言った。しかし息子は「ぱん、かいに、いこな」と言って、もうすでにその気である。もう予定変更はできない。カミさんには寝室で休んでもらって、息子といっしょにパンを買いに行く。運動させた方がいいので、近所のスーパーまで歩いて行く。彼は、私のペースに合わせて早足でついてくる。けっきょくスーパーまでの全行程をそのペースで歩き通した。ずいぶん体力がついたな。これだけ体力がつけば、多少の病気や怪我に遭っても、何とか生き延びることができるんじゃないだろうか。よくここまで育ってくれたものだ。これで親の責任を果たしたと言う気はないけれど。

家に帰って昼食を終えると、例によって「よんで、ちょーだい」攻撃が始まる。今日はいつにもまして執拗である。10冊以上読まされてノドが痛くなった。

昨日録画したヒッパレを観ようとするが、どうも様子がおかしい。ガガガガ…と絵が乱れている。ヘッドが汚れているのかと思ってクリーニングしてみたが同じである。よく見ると、先週の分と今週の分が二重に見えている。1本のテープで2本分の番組が見れてお得…じゃないよな。ありゃー、こりゃ再生機の問題じゃないわ。ヘッドが片方詰まったのかな。今回は2時間スペシャルだったはずなのに。再放送があるはずなのだが、その時間を調べに本屋に行く気力もないのであった。

夜になって日記を書いていたら、息子を寝かして下りてきたカミさんが私の買ってきた「世界の猟奇ショー」を読んでずいぶんウケている。涙を流しながら笑っている。「ホモの詩」というのが笑いのツボを直撃したらしい。ホモ小説を書いているくせに、そういうのにウケるんですか。



■12月20日(月)
今日は早起きして遠方の客先に行かねばならないので早く起こされる。息子もいっしょに起こされたようである。カミさんは先に下りていったようだが、息子はついていかずに私を起こそうとする。「とーちゃん、おきてー」うう、なんだか、凄くしんどいんですけど。でも、彼は諦めないのである。いま私が死んだら、彼は棺の中の父に向かってこれを繰り返して参列者の涙を誘うのだろうなあ、などと考える。ゆるゆると身体を起こす。すると彼は「とーちゃん、めがね、かけてー」と言う。はいはい、かけますよ。眼鏡をかけると彼は「とーちゃん、くつした、かけてー」と言った。靴下を穿きかけたところで、彼は母親に置いて行かれたことに気づいて泣きながら階段を下りていったのだった。しかし、辛い。ノドの奥が痛い。頭も痛い。眼球から鼻の奥の頭の中心部である。胃の中身も凝っている。そのうちに胃の中にあるものが、そこにあるのに耐えられなくなってきた。トイレに下りて、吐く。胃液が出た。未消化物はない。そのままダウンである。その後の記憶はぷっつり途切れている。

16時半頃に起きて医者に行った。ノドが腫れているという。消化器もやられてるし、これから熱が出てくるだろうとのことである。今日になって何も口に入れていないので、点滴をしてもらうことにする。看護婦さんに「大きいのしますけど、トイレ、大丈夫ですか?」と訊かれる。そんなに大きいのか。そうなるだろうと思って水分は摂らずに来たんですけどね。見ると500mlのパックだったのだが、500mlくらいだったら一気飲みすることもあるから大丈夫だと思うんだけれども。針を刺すときに看護婦さんに
Ruputerを「これ、時計ですか?」と訊かれる。「コンピューターですよ」と言うと「へえ、メールもできるんですか?」と言われた。そうか、もう世間一般ではコンピューターというとメールするためのキカイという認識なんですな。息子の画像を表示してウケを取るのはいつも通りである。

医者は点滴に1時間くらいかかると言ったのだが、1時間半かかった。凄く退屈である。こういうときはロクなことを考えない。点滴液の水分はどこから採水しているんだろうとか考える。まさか蒸留はしていないだろう。淀川の水だったら嫌だなあ、飲み水だって嫌なのにこれは体内に直接注入されるんだから。「南アルプスの天然水から作った点滴液」とか売り出したらウケるかもしれない。別府温泉の血の池地獄のお湯から作った点滴液だったら精力が…つかないか、などと馬鹿なことしか考えないのである。でもやっぱり、消化管から吸収される水分より血管内に注入される水分の方により注意すべきだと思った夕方であった。

狼谷辰之  新書館ウィングス文庫
なる
¥620+税  ISBN4-403-54021-X



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